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ファンタスティックヒストリー 超島原幻闘録 ~柳生十兵衛地獄変~ 第3章 - 6

此処は平塚、日蓮宗の要法寺(ようほうじ)。その近くに春日神社が有って「平塚の塚」なる物が有る。857年、桓武天皇の曽孫で坂東平氏の始祖、真砂子が一族と共に東国に向かう途中、此処で没した為、遺骸を埋めて此の塚を造ったとされる。呼び方も初めは「たいらつか」と言って居た。少し西に行くと高麗山(こまやま)の麓(ふもと)に高来(たかく)神社が。高麗も高来も668年、中大兄皇子(天智天皇)の頃に唐、新羅連合軍に因り滅ぼされた高句麗に由来する。国を追われた高句麗王族と従者の一部が渡来。日本各地に居住。大磯には王族の一人若光(じゃっこう)に率いられた有力集団が上陸して付近の開墾に尽力。日本人と言ったら「多民族国家」と言った気が余りしないが最新の研究結果に因れば大昔から半島、大陸側は勿論、遠く南方から船で来日して定住した外国人との混血が進んで居たとされる…。
 平塚から1里の大磯に到着。此処延台寺(えんだいじ)は日本三大仇討の一つ曽我兄弟の仇討伝説に纏わる所。鎌倉初期、父親の河津三郎祐通(かわづのさぶろうすけみち)を静岡県で殺された曽我兄弟が頼朝の所に仕えて居た工藤祐経(くどうすけつね)を討ち取る話。
 舞の名人であった美女「虎御前」は兄、曽我十郎祐成(そがじゅうろうすけなり)と弟、曽我五郎時致(ごろうときむね)の兄の方、曽我十郎祐成と恋仲に。虎御前が兄弟を偲んで庵を結んだ跡と言われて居るのが延台寺。生前の曽我十郎祐成が虎御前の家で敵方の刺客に襲撃をされた時に敵の放った矢を受けて曽我十郎祐成の身代わりに成ったと云う虎御石が有る。
 黄昏時…。本日は此処で宿をとる三厳。暫く天気が良さそうで大助かり。幕府の有事の際の方針で基本、川には橋が無く、雨で水かさが増して居る時とかは「川止め」と言って雨が止んで川の流れが穏やかに成る迄待たされるのである。明日は小田原、そして箱根、神奈川を出て静岡へ…。
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ロベルタ中尉@ジオン公国
(2018/05/23)


日本人のルーツはよく『ロシア系』、『中国系』、『朝鮮系』、『フィリピン系』の4つのルートに分かれるって言われてますね^^
東北辺りは北から流れて来た『ロシア人』の遺伝子が残る人が多く、逆に九州の人は南から流れてきた『フィリピン人』の遺伝子が残る人が多いとか・・・

相模も残すところ、小田原に入って、いよいよ駿河入りですね^^

☆西郷隆盛☆
(2018/05/26)


本日、日程を終了して戻って参りました。お待たせ致しました。お便りを有難う御座います。<(_ _)>そうなんですよw。日本人って思いの他、結構混血が進んで居たので在ります。個人的に何にも知らずに「昔の人は科学が進んでないので」正直甘く見て居たのですw。>ω<w以外にも壮大な話に成って居たのですねw。話も順調で我ながらと云った感じですw。^^;

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結城たかみ

Author:結城たかみ
FC2ブログへようこそお越し下さいましてどうも有難う御座います。ブログは初めてで知らない事が多いです。此処では有名な「サムライスピリッツ」と云うゲームの二次小説を書いて居ります。ごゆっくりなさって行って下さいませ。<(_ _)>

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