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ファンタスティックヒストリー 超島原幻闘録 ~柳生十兵衛地獄変~ 第2章 - 7

 徳川家光、徳川秀忠の次男。家康の長男が武田との内通に因り切腹に追い込まれた徳川信康、次男に徳川秀康(結城秀康の事)なる漢が居るには居たが実は特殊な事情で産まれた子で遠江池鯉鮒(とおとうみちりふ)明神の神主、永見藤右衛門(ながみとうえもん)の娘でお万(まん)と言い、(今の愛知県がそっくり三河国と云う訳では無く西側の一部が遠江であった)「代替わり 飛ぶ鳥落とす 勢いは 勝頼他に 無しと見えたり」武田信玄没後の鷹狩りの際に岡崎の風呂場で…、湯の番は本来正室築山の嫉妬から50を過ぎた侍女の役とされて居た物のいつもの老女が家康の世話をする筈であったがその鷹狩り当日に限って、実家に不幸が有り宿下がりするとの事で思いもかけず湯の番が回って来たのがお万の方であった。雑仕女(ぞうしめ)で在るのは勿論、物凄い醜女(しこめ)で在ったのに家康の気紛れの一発で出来た子で幼名を於義丸。こんな事情で本多作左衛門重次に預けられ築山、信康を失った時に贔屓にして居た側室のお愛の方(西郷局)の所に秀忠が産まれ、醜女との気紛れで出来た秀康と比べてしかも「双子」。当時双子と言えば「気味が悪い」と恐れられ片割れが殺されたりして居た。思いもかけず「出来てしまった気味の悪い子」に「要らないから」との理由で小牧、長久手の戦いの後、豊臣秀吉の申し出に因り養子と成り、秀忠が2代目将軍と考えて居た家康。ところが思惑とは全くの逆で「秀康」が豪胆で立派な武将として育ち、「秀忠」が愚劣無能な間抜けに育ってしまう。家康は仕方無く後悔しながら秀忠を2代目将軍にした。その後秀忠と信長の妹、市の三女で小督(おごう「お江」とも書く)との間に長丸と言う長男も居たが死んでしまい次男竹千代(家光)が産まれ3代目に、弟に国松(忠長)も居ると云った事態に。幼少の頃は弟忠長が目立ち、家光が正直「何を考えて居るか判らない」と言った目で見られ、秀忠と小督は忠長を3代目将軍にしようとしていたが存命中の家康の鶴の一声で家光に決まったと云う話は有名。愚劣無能なクズに冷遇されたのである。家康を尊敬して怒り狂った家光には隠し持って居た紙切れが有る。「我こそ2代目将軍」と書かれて居た。後に弟と立場は逆転し弟忠長の末路と言うのが父秀忠に面と向かって100万石知行か豊臣滅亡後の大坂城を寄越す様にと言う始末。(「大坂」は明治時代に「大阪」と漢字を変えられる、従って「大阪」の「大坂城」と言うのが厳密には正しい。)更に浅間神社付近の猿を農地に害成す猿の駆除と称して1240匹
の猿を血祭りに上げ、帰りの駕籠担ぎを殺害と云った奇行が目立つ様に成り秀忠死後、兄家光に因り忠長は安藤重長に預けられ上野国(かずさのくに)高崎の大信寺で切腹。こうした経緯が有って家光が「産まれながらの将軍である」と言った3代目将軍に成ったのである。そんな時にあの島原の乱が起きた…。
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フォンケル准尉@ジオン公国
(2018/05/04)


秀康は、家康からはかなり、冷遇されていた様ですね><
家康自身も不細工だったと聞いた事があります、母親も醜女な上、双子という事で、相当に忌み嫌われていたのでしょうか?
そんな秀康が優秀な武将に育ち、秀忠が愚将になってしまうとは、世の中わからないもんですねぇ・・・

家光と忠長の確執は、有名ですね^^;
確か忠長が、駿府城に籠城するんでしたかね?
尾張徳川家や伊達政宗も、忠長派だったと記憶しています・・・
次回からいよいよ、本編突入ですね!
楽しみにしております^^

☆西郷隆盛☆
(2018/05/04)


こんばんはw。いつも御世話に成りまして有難う御座いますw。忠長の駿府城籠城とは知りませんでしたがw兎に角、駿河大納言と迄呼ばれた男の御乱心。幼少の時に織田信長に見た目が似て居ると言われたそうですが傾奇者と基地外とは違って居たと云う事でw。<(_ _)>あの松平長七郎長頼が子供と言われますけどどうも嘘らしいですwww。>ω<

フォンケル准尉@ジオン公国
(2018/05/05)


「長七郎天下御免!」、毎日見てましたw
あの、めちゃくちゃカッコいいオープニング曲が良かったですね^^
知恵伊豆は、丹波哲郎が演じてましたね^^
そっか、長七郎が忠長の息子とういうのは怪しい・・・どころか、この方実在の人物何ですか?
『雪姫隠密道中記』という時代劇にも『葵』の紋を付けた『葵様(役者も何と『あおい輝彦w』)』という侍が出て来ましたが、江戸時代は葵の紋を笠に着た侍が、多かったのか?

ちなみに忠長の駿府城籠城は、『柳生一族の陰謀』でやってたのですが、これも眉唾かなぁ^^;

☆西郷隆盛☆
(2018/05/05)


こ、「こんばんH」ってw?@ω@;妄想してしまうw。←冗談ですw。^^松平長七郎長頼…忠長の従兄弟に当たる松平忠直なる男、実は徳川(後の結城)秀康の子にてw福井藩主、所謂越前、つまり真田幸村を討ち取った西尾仁左衛門宗次を雇って居た殿様でしたが配流先竹中重義が藩主の豊後つまり大分で設けた子の永見長頼の事ではないかとされるそうで確認は出来て居ないそうですw。そして葵の紋ですが「徳川以外に使用した者は罰せられる!」とかではなくw、京都に加茂神社と云う神社が有りましてw、徳川が「それを使った」のでありw、他にも京都南部の豪族西田家が使って居た位で少なかったのです。皇室の菊の紋に関しては御存知の通りw、「皇族を自称する赤の他人」が勝手に使って居たりする事が後を絶ちませんでw。家紋(エンブレム)等と云う物は少なくとも日本ではそんな物ですw。^^;駿府籠城の件は存じませんでした。「柳生一族の陰謀」を見たいですw。^^今回も御覧下さりどうも有難う御座います。

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ガオ

Author:ガオ
 宮崎の者で御座います。
 個人的に調査をした事を発表して居りますブログです。
 令和3年7月です。22日は海の日、23日スポーツの日から東京オリンピックが始まる予定です。
 引き続き健康第一!マスクにうがい、手洗いをどうか、宜しくお願い申し上げます。<(_ _)>

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