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月別【201809

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9月最終日

 皆様、こんばんはw。
 9月最終日です、今、宮崎は台風の真っ最中w。;;無事にやり過ごせます様にw。
 後片付けも大変だろうなぁw。
 台風一過はいきなり寒く成るかも知れません…、三寒四温のつもりで用意をして置きたいですよねw。
女子6
 時期外れな絵ですけど…。^^;
 「THROBBING GIRLFRIEND スローベングガールフレンド(ドキドキの彼女)」と入れてみました、やっとカラー指定が納得出来ました。
 初めて全身を描きました、精進を続けますw。
 今回もご覧下さり有難う御座います。<(_ _)>

9月がもう直ぐ…。

 こんにちはw。
 9月がもう直ぐ終了w、朝ドラ「半分、青い。」も明日迄、皆様如何お過ごしでしょうかw。
 あれだけ暑かった気温も下がり秋本番、今年は運動の秋にしたいのです、燃えて居りますw。
 早速体重が少し減って居ります。
 絵も描いて芸術も出来る秋にしたいしw。 
 10月は体育の日とハロウィン、楽しみなのですw。
 良い秋に致しましょう。
男子1

本日の夕飯w。

 皆様こんばんはw。<(_ _)>
 今日の晩御飯は、豚ステーキと焼きナスと野菜類です。
 ステーキと御飯とビールの組み合わせに大満足。
夕飯1
 やり方を母に教わって初めてナスを焼きましたw、メモをしたので忘れませんw。
 今回も大成功w!両親に褒めて貰えました。
 是からもいろいろな料理に挑戦しますw。^^

お昼ご飯を作ってみました。

 皆様、こんにちはw。
 今日もやる気スイッチ、入ります!
 お昼にこう云った物を作ってみました。
 お昼ご飯
 玉子焼きときざみきゃべつ、鶏肉を切ってみりんで焼いた物餃子は油も水も要らない大阪餃子の王将です。
 勿論洗いもしますw、独り暮らしをして居た時期を思い出します。
 両親に振る舞いました、お後が宜しい様でw。<(_ _)>

な、何と…!@ω@w

 皆様、御世話に成ります、こんにちは。
 な、何と…、つ、遂に…!
スイッチ
 届きましたw。^^
 今、初期設定が終了しました。
 ソフト、何DLしようかなw。<(_ _)>

男子も描いてみたいw。

 皆様、こんばんはw、男子も描いてみたく「ストリートファイターシリーズ」の中からムエタイのサガット様の弟子、アドン様を描いてみました。
 個人的に好きで是ばかり使って居ります。
 逆に春日野さくらの苦手な私はアブノーマルなのかもw???
SFアドン

加当段蔵

 皆様、こんばんは。
 今回は十勇士に登場させたいと考えて居る加当段蔵を描いてみました、記録には加藤段蔵とも有るそうです。
 本来上杉謙信か武田信玄辺りに仕官をしたかったそうですけど度の過ぎた実力を恐れられ断られたそうです。
 信玄入滅後武田勝頼の代で衰退滅亡、武田家臣であった真田に仕官して十勇士に出会うと云う設定にしました。
 その実力から動じた事が無く才蔵達と共に自らも鍛えます。そんな生活の中で相手が勝ち組の徳川であろうと真田の殿様に真心で付いて行く決心をします。彼もまた筋と道理の通って居ない事が嫌いなのです。
加当段蔵

ハンドルネームを変えて見ました。

 誠に恐れながら初めてハンドルネームを変更してみました。
 仕方が判りましたw。
 いろいろといじって居りますw。
 お騒がせしてごめんなさい。<(_ _)>元☆西郷☆

ファンタスティックヒストリー 超島原幻闘録 ~柳生十兵衛地獄変~ 第3章 -14

 今日も晴天、舞坂を出発、船に乗って弁天島を望み浜名湖を渡る、新居(あらい)到着。
 1709年~1771年迄生きた後の、炭太祇(たんたいぎ)なる男が此の地で「木戸閉まる 音やあら井の 夕千鳥」と云う楽しい詩を詠んで居る。
 教恩寺(きょうおんじ)と云う寺が有ってその近所に風炉(ふうろ)の井と云う水場が有り、かつての源頼朝がそこの水で茶を飲んだとされる有名な所で、茶店が有ってもただの茶店でありながらデカデカとした看板を掲げ客引きも客引きだったので別に疲れてはいないがそれを記念に頼朝を偲び一服する三厳。お店の人の話に因れば少しだけ行った先に紅葉寺(もみじでら)と云う所が有って室町将軍6代目足利義教(あしかがよしのり)が紅葉狩りに来た事が有る有名な所だとの事。
 「ケッ、あのくじ引きで将軍に成り狂気の沙汰のとても政(まつりごと)とは言えない面白半分に人殺しをしでかし、赤松満祐に殺された得体の知れない将軍か、品格のカケラも無い…、ケッタクソ悪い。」
 多少強引な客引きをして来た茶店で働く娘が今度は「それなら、藤原為家様を御存知ですかw?阿仏尼様とのあうんの呼吸の仲の良さは女として憧れますw。」
 確か「新勅撰和歌集」で知られる藤原定家の次男…。
 「風わたる 浜名の橋の 夕しほに さされてのぼる あまの釣り船」そして、そして阿仏尼様がw「わが為や 波もたかしの浜ならん 袖の湊の 波はやすまでw」きゃw、頼もしい殿方も良いけど穏やかで爽やかな人って趣味w。^^
 「へいへい…、勘定を頼む…。」
 「どうも有難う御座いましたw。^^」
 陽気な店員に見送られ今度は白須賀…、実は今でこそ白須賀は潮見坂に有るが1707年の大地震に因る大津波で移転する迄新居に近い方に有った。「元」白須賀である。此の話は1638年の話なので移転前である。
 移転と言っても余りに遠くではないが少し前に家康が武田勝頼を長篠に破った帰り茶室を作り信長をもてなしたとされる場所とされ、後の1868年明治元年、明治天皇睦仁帝が行幸の際に休んだ所でもあり、現在は中学校が有る。
 遠江も此処迄…次は愛知県三河。
 愛知三河入り初の宿場町が二川、とは言った物の小規模な宿場と云うだけで是と云った産業も無く周辺を耕して生計を立てる、明治以降は「製糸産業」で繁盛はしたが戦後はそれも無く、むしろ住宅地として見直される。是と云った見所も無い…。
 渥美湾が見えて来た。三河国吉田に到着、中世には「今橋」と呼ばれ1505年に牧野古白(まきのこはく)が築城して以来、城下町として発展、二川と違って大きな宿場町。余談であるが飯盛女の多い宿で知られ、「吉田通れば二階から招く、しかも鹿(か)の子の振袖が」と言われた程。鍛冶屋が何故か多い。因みに頓珍漢と云う言葉は鍛冶屋から来て居る。
 火打坂を登り切ると鍛冶屋の音があちこちから聞こえて来た、活気に溢れる所だ。
 豊川を渡ると御油(ごゆ)。
 今回は少し遠く迄出張って見た。吉田から10キロ程の所、御油。
 音羽川の五井(御油)橋を渡るとこぢんまりとした宿場町が見える。今回は此処で宿泊。
 渥美半島が望める2階の部屋、家康公の地元w、今、天下人とは言え元は吹けば飛ぶ様な超弱小大名、その苦労が偲ばれる。
 徳川に仕えて本当に良かったと感謝しつつまた明日…。
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プロフィール

ガオ

Author:ガオ
 宮崎の者で御座います。
 個人的に調査をした事を発表して居りますブログです。
 令和3年7月です。22日は海の日、23日スポーツの日から東京オリンピックが始まる予定です。
 引き続き健康第一!マスクにうがい、手洗いをどうか、宜しくお願い申し上げます。<(_ _)>

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